「源氏物語 横笛」(紫式部)

穏やかな中にも波乱の予感の漂う帖

「源氏物語 横笛」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

柏木の一周忌が過ぎたある夕方、
夕霧は柏木の妻・
女二の宮を見舞う。
母御息所は
柏木最愛の横笛を夕霧に贈る。
女二の宮のもとにしきりと通う
夕霧の態度に、
妻雲居雁は不信感を覚える。
その夜、
夕霧の夢枕に柏木が立ち、
横笛を…。

源氏物語全五十四帖中
最も激しい展開となった前三帖
「若菜上」「若菜下」「柏木」
続く「横笛」は、穏やかな中にも
波乱の予感の漂う帖となっています。

漂う波乱の予感①柏木に似てくる薫
本帖一つめの場面は、
柏木の一周忌とその後の薫の成長です。
朱雀院が送ってきた筍をつかみ、
よだれを垂らしながらかじりつく
愛らしい薫。
その姿に源氏は
感慨無量の思いを抱くのです。
誕生当初は薫を抱こうともしなかった
源氏なのですが、
薫の美しさかわいらしさに
心を奪われていくのです。

しかしその薫の美しさは
柏木から受け継いだものなのです。
次第に柏木に似てくる薫に、
秘密が露見するかも知れない恐れを
源氏は感じてしまうのです。
不義密通は、
女を寝取った男にとっても
隠さねばならない
秘事だったのですが、
寝取られた男の側でも
絶対に漏れてはならない
密事だったのです。

漂う波乱の予感②
雲居雁の夫への嫉妬心

親友柏木の残した妻・女二の宮を
頻繁に見舞う夕霧の姿勢に、
雲居雁は不信感を抱きます。
熱烈純愛結婚をした夕霧・雲居雁夫妻。
その分、嫉妬心もまた
強烈だったのでしょう。

興味深いのは、
一生に渡って優雅な貴族生活を営んだ
父源氏と異なり、
夕霧一家は子ども七人を抱えた
所帯じみた家族として
描かれていることです。
生真面目な夕霧と純情な雲居雁の
結婚生活としては極めて妥当です。
だからこそ、不倫の入り込む隙間が
なかったのでしょう。

もちろん夕霧は真面目ですので、
父源氏のような
華麗な浮気などではありません。
じれったいほどの誠実さです。
それがある意味、危険な予感を
含んでいるといえなくもありません。

漂う波乱の予感③
夕霧に追及される源氏

横笛を子どもに引き継がせたいという
柏木の亡霊の言葉を受け、
柏木の死の真相を
父源氏から聞き出そうとする夕霧。
源氏は横笛を預かるものの、
追及はさらりとかわします。
横笛は薫が譲り受けるべきものと
認めていることからも、
柏木死後の一年の間に
源氏の心に薫への愛情が
生まれていることがわかります。

源氏が薫を忌み嫌ったままであれば、
源氏死後の第四十二帖以降は
生み出されなかったはずです。
紫式部が、さらなる長大な筋書きを
構想していたのは
このあたりからもわかります。

さて、この漂う波乱の予感は、
以後の帖に
どのようにつながってくるのか。
まだまだ面白い源氏物語です。

(2020.10.3)

PoncianoによるPixabayからの画像

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